「GAPの服って気づかれないからいいんだよね」。ペンシルベニア大学学生である二一歳のジェイソンが言う。「それにしても、GAPの広告はたいしたもんだよ。だって、みんなカーキを着てるとか。みんなベストを着ているとかいうコピーが出て一週間も経たないうちに、そのとおりになっちゃうんだから」。サンフランシスコに住むドナルドとドリスのフィッシャー夫妻が一九六九年に立ち上げたGAP。店はやがて、GAP、オールドーネイビー、バナナーリパブリックといったブランドを抱える大企業へと見事に花開き、数十年で、総収入一二○億ドル以上という世界最大のアパレル小売業者の座に上りつめた。マクドナルド同様、GAPも瞬く間にアメリカ中に、そして世界中に広がっていったのである。その積極的な拡大方針は「群れをつくること」という企業哲学が生んだものだと、二〇〇一年に出た暴露本『溝の内と外』の著者ルイスーネヴァヤは言う(ネヴァヤによれば、GAPの重役たちはこの本に激怒し、店長たちに読ませないようにしたという)。「クラスタリングは、一九九〇年代初期に広く行われるようになったものです。発想は単純。狭い範囲に店舗をたくさん出すのです。こうすれば競合相手にプレッシャーをかけることができ、競合が撤退すればそのエリアを独占できます。GAPにはうなるほど金があるので、全体の売上を伸ばしながらどんどん店を増やしてこられたわけです」。二〇〇一/二〇〇二年度の不振にもかかわらず、会社は拡大を続け、二〇〇一年には六〇〇軒以上の新規オープンを含めて総店舗数は約四一五〇に達した。そして、二〇〇二年の拡大規模、すなわち店舗数の増加率を、以前公約した}七%から約七%へと慎重に変更はしたものの、同年中に二八〇もの新店舗をオープンする計画を擁して依然増殖を続けたのである。ただし、『ワシントンーポスト』によれば、二〇〇二年の初めには先行きが怪しくなってきたため、二〇〇三年の新規オープンは考えていないということらしかった。