鳥橋洋服店の創業は1903年

2011.07.13

鳥橋洋服店の創業は1903年、顧客には後藤新平や岸信介、河野一郎といった鈴々たるひとびとが名前を列ねる。氏が言うとおり、後藤新平の写真を見るとフロックコート姿がひじょうに多い。それはフォーマルな場で撮られた写真というわけではなく、通常の執務の合間に写されたものだったりする。言わば今日におけるダークスーツのような役割を、フロックコートは担っていたのだ。過日、岩手県水沢にある後藤新平記念館を高橋氏とともに訪ねたが、そこには1923年6月に調製されたフロックコートが展示してあった。しかもそのフロックコートは、鳥橋洋服店の初代である高橋次助氏の手になるものであることが、内ポケット内に縫い付けられたカスタマーラベルから判明した。高橘洋服店の初代は、仕立の技術をロンドンやパリではなく、またニューヨークでもなく、当時のプロシア(ドイツ帝国)で学んだ人物だった。創業してから9年後、妻子を実家に預けて唯身での渡欧であった。創業前は、横浜で英国人から仕立を修業したとも言う。いまでこそ、ロンドンやイタリアの仕立に注目が集まっているが、19世紀後半から20世紀前半にかけて、プロシアに優れたテイラリングの技術があった。ハプスブルク帝国の威光は、彼の地に富とともに文化と技術も蓄積させた。また当時は、アメリカのミッチェル裁縫学校に留学する者も多かったのだが。